『万引き』が『病気』と聞くと、みなさんはどう思われますか?
今回は、そんな万引き(窃盗)を繰り返してしまう病気・窃盗症と摂食障害に苦しんだ、元マラソンランナーの原裕美子さんの著書『私が欲しかったもの』をご紹介します。
はじめに
アルコール依存や薬物依存の人の体験談は、よく活字になっていたりテレビでも放映されています。
それに比べて、窃盗症については治療されているご本人の体験談はあまり出回っていません。
私自身、窃盗症の人の話は、直接詳しく聞く機会も少なく、今一つピンとこないところがありました。
数年前に著者である原さんが逮捕されて全国的なニュースになった際、私も目にして気になっていました。
そして原さんの著書が出たということなので、今回、読んでみました。
感想を一言でいうと、言いたくないであろう部分もすごく率直に話をされていて、これまで診断基準や医学的な感じの本で目にしていた内容に、血が通った感じがしました。
それとともに、窃盗症の生涯有病率は低いといわれていますが、摂食障害とのからみもあり、もっと一般にも理解が進んだら、みんなが生きていきやすい世の中に近づくんだろうな~とも思いました。
万引きってホントに病気なの?
『万引きって犯罪やん』というのが一般的な認識です。
万引きが病気ときくと、『窃盗が病気なんてあり?』『もしや、病気ということにして罪を逃れようとしている?』と疑問を抱く人もいると思います。
確かに、お金がないけど欲しいものがあって、『見つからないだろうし、盗っちゃえ』というようなものや、転売目的の本の万引きなどは、単純に非行だったり犯罪だったりします。
ルパン三世みたいに、高価な宝石を盗むのなんかも普通に犯罪です。
しかし、そうした経済的目的以外で万引きを繰り返してしまう人たちもけっこう多く、中には精神疾患である『窃盗症(クレプトマニア)』を患っている人もいるんです。
窃盗症の人の場合、お財布に一万円札が入っていても、数百円のものを盗んだりすることもよくあります。
アメリカ精神医学会の診断基準を参考にすると、窃盗症の特徴は
物を盗もうとする衝動に抵抗できなくなることが繰り返される。
盗もうとする直前には緊張の高まりがあり、盗んだことで快感、満足感、解放感を得たりする。
また、盗む目的は経済的利益や誰かに対する報復や怒りなどではないし、妄想や幻覚によるものではない。
といったところでしょうか。
著者の原さんも、最後に逮捕されたときには、財布にお金があったにも関わらず、『ルマンド』や『チートス』といったスナック菓子を盗って捕まっています。
大活躍の陰での苦闘
この本は300ページ近いボリュームがあるだけに、原さんの小さい頃からの生活上のエピソードや、食べ吐きを繰り返すに至る状況、初めて万引きをしたときのことや、やめられずに繰り返していくさまが、詳細に描かれています。
名古屋国際女子マラソン、大阪国際女子マラソン、小出監督といった、スポーツにうとい私でもよく知っている単語とともに、そうした大舞台で活躍する陰での苦闘が描かれます。
原さんの食べ吐きが始まったのは、京セラに社会人選手として所属していたときで、初めて万引きをしたのは合宿中なのですが、その背景として極限まで自分を追い込むことが課せられるアスリートの過酷さがうかがえます。
また、現役選手を引退後も、信用していたコーチに大金をだまし取られたり、婚約不履行騒動があったりと、いや~大変な生活が続きます。
お金や恋人がらみの話については、本当に陸上一本できて、悪く言えば世間知らずだったんだなと思うところが読んでいてみえてきます。
でもこうした世間知らずさは、きっと原さんに限ったことではなく、若くして成果を出した芸能人やスポーツ選手、はたまは保護者がなんでも先回りしてやるような過干渉気味に育てられた人でも、似たような状況の人はけっこういるんじゃないかと思います。
そうとう本人や周りが気を付けていないと、年齢相応の社会常識のようなものが身に付かず、周りから言葉は悪いですが、カモにされる危険があるんだろうなと実感しました。
治療はつづく
原さんは摂食障害の方は、だいぶ以前から治療をされていたのですが、窃盗症については6度目の逮捕でやっと『自分が病気』と認識することになります。
それから入院して専門的な治療を受け、一旦、治ったと思っていたところ、メンテナンスを怠ったために、再度、万引きをして逮捕され、入院治療をして、現在に至るという経過をたどってらっしゃいます。
最近2年間は、再犯していないとのことです。
原さんが治療をうけていた平井医師が、摂食障害と窃盗症について説明している箇所があるので、少し長いですが引用します。
動物は進化の過程で現在の本能を持つようになりました。動物は本能行動でさまざまな状況を生き抜いてきたのです。
過酷な状況においては、本能は激しく働きます。原さんはマラソンのために、減量をしたのですね。
減量は飢餓という過酷な状態を作ることがあります。飢餓に対しては摂食本能が激しく働きます。
摂食本能による狩猟あるいは採集、貯め込み、摂食の行動のどの部分が激しく生じるかは人それぞれです。
原さんの場合は摂食障害もありますが、狩猟あるいは採集の行動を司る神経活動も、激しく働く状態になったので、万引きをしてしまうのです。
引用元:『私が欲しかったもの』P.220
摂食障害の人が必ずしも窃盗症であったり、窃盗症の人が必ずしも摂食障害であるということでは全くなく、両者は別の疾患ではありますが、原さんの状態についての説明としては、私はなるほどと思いました。
原さん、今はマラソンと関係のない仕事をメインでしながら、マラソン大会のゲストランナーやランニングの指導者として活動されています。
そんな彼女が語っていた、回復に必要なものとは
★専門的な治療
★治療するという気持ち
★新しい環境
の3つです。
この3つは、アルコールや薬物依存の治療についても、よく言われていることで、本当にそうなんだろうなと思います。
自分一人で治そう、窃盗をやめようとしても、やめれるものではなく、根性論でもどうしようもないのでしょう。
おわりに
原さんは摂食障害、窃盗症を発症してから、それが病気とわからずに15年ほども、一人で苦しんできました。
そんな彼女が専門的な治療を受けて、自分を客観視でるようになり、辛い過去も振り返られるようになった状態で出された本なので、私はとても学ぶところが多かったです。
本を読んでいると、原さんはとても才能があり大変な努力家でもありますが、一方で、自分を追い込みすぎ、何事にも一生懸命すぎるところもあるようです。
長年、頂点を目指して頑張ってこられたんですものね。
世間知らずなところも未だに残っているとしたら、今後ももしかしたら波乱なこと、ぶっちゃけ万引きをまたしてしまうこともあるかもしれません。
それでも、そうした波がありつつも、長い目でみて良い方向に行くというのが回復だと思っています。
万引きされたお店の人は、たまったものではないでしょうが(--;)
原さんには、今後、その稀有な才能を生かしつつ、できるだけ幸せな人生を歩んでいって欲しいと、本を読んで素直に思いました。
現に窃盗症や摂食障害で苦しんでいる人はもちろん、そうでない方も手に取って読んでみると、視野が広がると本だと思います。
特に、新体操やバレエなど審美系の習い事やスポーツをしている人、陸上の長距離選手など体重管理を厳しくしなければいけない種目の人は、成果を求めて選手自身が無理なダイエットをしがちなので、競技者、さらには指導者の方にも、是非、読んでもらいたいです。